思い通りにならない人間関係に正解はない|耐えるだけでない生き方を

こうへい

こんにちは。こころの悩みサポーターのこうへいです。

先日、知り合った60歳過ぎの女性からこんな声を聞きました。

年を取って、都会から地方に引っ越してきました。
都会での生活に疲れたので、田舎での暮らしを楽しもうと思っていました。
ところが、あることがあって近所の人たちと仲たがいをしてしまいました。
今では村八分の状況になってしまいました。
苦しくて苦しくて、引っ越しをした方がいいのかとも思っていますが、さまざまな負担を考えると悩みます。
本当に思った通りにはならないものですね。

この方のように思うままにならない現実に直面して悩んでいるという人は多いと思います。
特に人間関係のことは自分の意志だけではどうにもならないことが多いようです。

思い通りにならないのがこの世の中

田舎暮らしをすれば、この職場を選べば、このグループに入れば大丈夫だろうと自分の頭の中で計算をしても、なかなか思った通りの結果は得られないものです。

想定外の問題が発生し、窮屈な思いをしなければならなくなったという話をよく聞きます。
「こんなはずではなかったのに」という言葉を私自身も何度口にしたか分かりませんし、どれだけの人から聞いたかしれません。

どうして自分の思い通りにいかないことが多いのでしょうか。
さまざまな原因が考えられるとは思いますが、仏教で私たちの住む世界を娑婆(しゃば)と言われます。
娑婆(しゃば)と聞くと、映画などで刑務所から出所した人が「娑婆(しゃば)の空気は美味い」などと言っている場面を思い浮かべる人もあると思います。

このためなのか、娑婆(しゃば)とは束縛された不自由な所から出た「自由気ままな世界」というイメージを持つ人が多いようです。

ところが、仏教で説かれる娑婆(しゃば)とは、「堪忍土(かんにんど)」とも言われ、忍耐の世界という意味なのです。

何事も堪忍(かんにん)、耐え忍ばなければ生きていけないところが私たちの生きる世界だということです。

智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情(じょう)に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈(きゅうくつ)だ。とかくに人の世は住みにくい。 (『草枕』)

と夏目漱石も書き残していますが、思うままにならない窮屈(きゅうくつ)なところが人の世だということでしょう。

どこに行っても思い通りにならない世界は変わらない

70億の人の中で、この人がいいと好き合って一緒になった夫婦でさえも、お互いに我慢していかなければ生活していけないと聞きます。

とても我慢ができなくなって、夫が妻を殺害してしまうという事件もあるほどです。

お互いに好き合い、相当吟味して結婚した相手でも、我慢し合わねば生活ができないのです。

ましてや、たまたま近所になった人たちや同じ職場になった人たちならば、思い通りにならないのが、当たり前なのかもしれません。

また私ばかり我慢をしなければならないと苦しんでいる人もありますが、すべての人が娑婆(しゃば)に生きているのです。

すべての人が他人からは分からない生きづらさを感じ、耐え忍んでいるものです。

思い通りにならない生活を変えるために、引っ越しをするなど環境を変えるのも1つの方法ですし、環境を変えたほうがいいということはよくあります。

その時に知っておいてもらいたいことは、環境を変えても、娑婆(しゃば)は変わらないということです。

環境を変えても別の悩みは出てきますし、耐え忍んでいかねばならないことは尽きません。
たとえすべてをかなぐり捨てて自由になっても、やがて別の問題が出てきて、耐える日々が新たに始まるだけです。

思い通りにならない現実に耐えるのはなぜ?

娑婆(しゃば)から離れられない私たちにとって大切なことは、いろいろなことを我慢していくのは何のためなのかということです。

耐えて耐えて耐えるだけで終わる生き様ではただ苦しいだけの一生に終わります。

思い通りにならない世の中を耐え忍んで生きて、私は何をしたいのか、どうなりたいのか、向かうべき先を明確にすることがまず大切なことだと言われています。

「思い通りにならない苦しみに耐えて生きてきたのは、このためだった」となってこそ、耐えてきたことが報われます。

先述の近所の人との関係に悩んでおられた女性ならば、引っ越しをするとか、近所の人との関係改善に努めるなど選択肢はあるでしょう。

ところが、どの道を選んでも思い通りにならないことが出てきて耐えていかねばならないという点では、絶対的な答えはありません。

だからこそ、どの道を選ぶにしても、思い通りにならない人生をなぜ生きるのかということをまずは知ってもらいたいと思います。

そしてそれがその方の最も知りたいことではないかと思います。

まとめ

私たち人間住む世界を仏教で娑婆(しゃば)と言われます。
娑婆(しゃば)とは堪忍土とも言われ、耐え忍ばなければ生きていけないところが私たちの生きる世界だということです。

どれだけ環境を変えても、すべてが思い通りにいくということはありません。
みな、思い通りにならない悩みを抱えて、耐え忍んで生きています。

そんな娑婆(しゃば)を耐え忍んで生きるのはなぜなのか。
まずはそれを知ることが大事だと言われています。

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移動映画館は桜満開の山口県へ|笑顔広がる仲間のつながり

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こうへい

チューリップ企画で動画制作を担当しています。
大学生のときに同じことの繰り返しの毎日にどんな意味があるのかと悩みました。しかも友人に相談しても分かってくれる人がなかったことが大きな苦しみでした。
その時に読んだ仏典の言葉に励まされました。その後、講演会の運営の手伝いをする機会があり、さまざまな悩みを持って参加した多くの人たちの声を聞かせてもらいました。私も学びながら、皆さんの悩みに寄り添っていける情報を発信していけたらと思っています。
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