「亡くなったあの人はどこへ?」この問いから幸せな人生を歩んだ人がいた

こうへい


こんにちは。こころの悩みサポーターのこうへいです。

家族や親友など、自分にとって大切な人が亡くなったときに多くの人が思うことは
「亡くなったあの人はどこに行ったのだろう」
「また会いたい」
ということではないでしょうか。

先日、参列した葬儀で、お祖父さんを亡くした人がぼそっと
「おじいちゃん、どこに行ったのだろう」
とつぶやいているのを耳にしました。

両親を亡くして悩んだ赤尾の道宗

この「大切な人はどこにいったのか」という問いをきっかけに人生がガラリと変わった人があります。
室町時代に仏教を多くの人に伝えたことで知られる蓮如上人のお弟子となった道宗(どうしゅう)という人です。
越中五箇山赤尾谷(今の富山県南砺市)の人なので、赤尾の道宗と言われています。

道宗は幼名を弥七(やしち)といいました。
幼くして両親を亡くした弥七は、「死んだ両親はどこに行ったのだろうか。両親にまた会いたい」と思うようになりました。
そして必ず父母に似た像があると言われる五百羅漢像を見るため、筑紫(九州)の羅漢寺へ旅に出ました。
その旅の途中、「京都の本願寺の蓮如上人を訪れれば、親に会えるだろう」という夢を見て、京都の本願寺へ向かいます。

本願寺は、親鸞聖人の報恩講(親鸞聖人の御恩に報いる御法話)の最中でした。
蓮如上人はご説法に立たれて、多くの人が参詣していました。

そこで弥七は、

両親だけではなく、自分も必ず死なねばならない時がある。
それは明日もしれないし、今日かもしれない。
それなのに死ねばどうなるのかがハッキリしないままで生きている。
これこそ一大事ではなかろうか。

と知らされたのです。

人生の大事を知らされた弥七は、三日三晩、座を立たずに聴聞し、感激の涙を流したといいます。
弥七の熱心な姿は、蓮如上人の目にも留まりました。
弥七は、すぐさま蓮如上人のお弟子となり、道宗という名を賜わります。

後に、越中五箇山に行徳寺を開き、蓮如上人と同じく、生涯、親鸞聖人の教えを伝えていきました。
親鸞聖人の教えに出会えた喜びに感激し、蓮如上人を純粋に慕う道宗の姿は、今日まで多くの人に感動を与えています。

版画家の棟方志功氏もその1人で、道宗の姿を描いた作品を残しています。

人生の一大事を知ることが幸せにつながる

道宗が両親の死を縁に知らされた人生の大事とはどんなことでしょうか。
仏教では、後生(ごしょう)の一大事と言われます。

後生とは一息切れたら後生です。
生ある者は必ず死に帰すと言われるように、後生と関係のない人は一人もありません。
後生はすべての人にとっての確実な未来ですが、一息切れた先はどうなっているのか、ハッキリしているでしょうか。
確実な未来がハッキリしないほどの不安なことはありません。
この暗い後生に私たちは飛び込んでいかなければならないのです。これほどの大問題はありませんから、後生の一大事と言われるのです。
この後生の一大事を解決して、未来永遠の幸せの身になる道を教えられたのが、仏教です。

蓮如上人から本当の仏教をお聞きしたことで道宗の心は大きく変わりました。
道宗のその後の生きざまは蓮如上人におあいできた喜びであふれています。

まとめ

大切な人を亡くした経験は本当に悲しくつらいものです。

亡くなった人の思いは私には到底、分かることはできませんが、あえて推し量るならば、残された人に幸せな人生を送ってほしいと願っておられるはずです。

亡くなった方を縁として、幸せな道を歩んでもらいたいと思います。

亡くなった人のために、私は何ができるの?
こんな悩みを持つ人も多いと思います。この記事で詳しく紹介しています。
亡くなった人に私がしてあげられることはなにか

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こうへい

チューリップ企画で動画制作を担当しています。
大学生のときに同じことの繰り返しの毎日にどんな意味があるのかと悩みました。しかも友人に相談しても分かってくれる人がなかったことが大きな苦しみでした。
その時に読んだ仏典の言葉に励まされました。その後、講演会の運営の手伝いをする機会があり、さまざまな悩みを持って参加した多くの人たちの声を聞かせてもらいました。私も学びながら、皆さんの悩みに寄り添っていける情報を発信していけたらと思っています。
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