コロナ感染者への誹謗中傷はなぜ起きるのか?誹謗中傷を終わらせるカギとは

こころ寄り添う研究家の九条えみです。

コロナ第2波と言われていますが、皆さん元気でお過ごしでしょうか。

コロナ感染者への誹謗中傷

日本全国でコロナの感染が拡大し始めた3月末頃。

私の住む地域では、初期に感染した人は地元のニュース番組で、年齢や性別、居住地や職業、行動履歴などがつまびらかに報道されていました。

メディアで報じられるだけでなく、ネット上では感染者の氏名や住所などの個人情報をさらされたり、誹謗中傷が行われていたのだとか。

とくに県内で最初に感染が確認された人には親族にまで影響が及び、親は会社を辞め、引っ越しする事態になったそうです。

このような感染者、あるいは医療機関に勤めている人への誹謗中傷は、日本の各地で聞かれました。

「コロナも怖いが、それ以上に人間が怖い」

こんな言葉も聞かれるほどです。

最近では、新型コロナウイルス感染者への中傷対策条例の制定に向けて動き出す自治体もあります。

誰しもが感染するリスクはあるのですから、「感染者」と「それ以外」と安易に考えられる問題ではありませんよね。

他者への思いやりを持てるよう、感染症に対する正しい知識と教育がこれからも重要です。

感染症の恐怖から虐殺に繋がった例も

さて、感染症の恐怖は誹謗中傷だけにとどまらない例もあります。

14世紀にヨーロッパ人口の3分の1が命を落としたと言われるペストの大流行。

当時の科学では、細菌やウイルスといった目に見えないものが病気の原因だと分からなかったため、様々に憶測が飛び交いました。

その中に、瘴気(しょうき)と呼ばれる悪い空気によって感染が広まるという考えがありました。その悪い空気が発生したのは井戸水に毒が入れられたから、毒を入れたのはユダヤ人だ、とデマが広がり、ついにはユダヤ人の虐殺が起きたのです。まだ感染が起きていなかった地域でも、それは行われました。

正義の名で正当化してしまう

今回のコロナで誹謗中傷に回った人は、感染者の行動が常識外れだからという「正義」の立場からコメントしていたものも多く見受けられました。

たしかに、自分の行動に責任を持つことは大事でしょう。

だからといって、人権を侵害するような行動はいかがなものかと思います。

県外ナンバーの車に対して石を投げたり、感染者の顔写真と実名を載せたビラを配り歩いたりと、行き過ぎた行動もあります。

コロナ感染者への中傷や差別で知らされたのは「正義の名で正当化したとき、人はどこまでも残酷になれる」ということでした。

「誹謗中傷」終止符のカギは

「感染者を排除して感染を広げない」これを正義だと思えば、感染者への誹謗中傷に繋がるでしょう。

しかし、この考えには盲点があると思います。

自分が感染するリスクが度外視されていることです。

排除が正義になれば、自分が感染した時に袋叩きにあう世の中になってしまいます。

「誰しもが状況次第では感染するリスクがある」この立場に立ってこそ、日頃からの感染予防に努めたり、感染した相手を労(いた)わる気持ちも出てくるのではないでしょうか。

「自分が正しい。相手が間違い」この視点から「本当に自分は正しいのか?相手にはどんな事情があったのだろう…」こうやって自己反省し、また相手への配慮をすることが、誹謗中傷への終止符に繋がるでしょう。

“コロナを通して思いやりの心を育むことができた”

こういう世の中になるよう今を生きたいものです。

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九条えみ

九条えみ

チューリップ企画では、『月刊なぜ生きる』お客様サポートおよびウェブでの情報発信を担当しています。仏教を学んで約10年。仏教の視点からお悩み解消のヒントをご紹介できればと思います。
心が穏やかになった人へ
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