「本当の自分とは何か」と聞かれて心から満足できる答えを言えますか?

あさだ よしあき

わかりやすく仏教を伝える研究家、あさだです。

「アイデンティティー・クライシス」という言葉を聞かれたことはありますでしょうか。

日本語でいうと「自己同一性の危機」、また「自己喪失」といいます。

「本当の自分とは何か」と問われた時に、どう答えたら満足できるか。満足できる答えが言えない状態といいます。

「アイデンティティー・クライシス」は特に若い人に見られるといわれます。

「そんなの、すぐに答えられるんじゃないか」と思われた方もあると思いますので、少し考えてみたいと思います。

目次

  • 「○○さんは何者ですか」と聞かれたら、どう答えるでしょうか?
  • 「アイデンティティー・クライシス」は若い人だけなのか?
  • 自分の内側の心の声を聞くには
  • まとめ

 

「○○さんは何者ですか」と聞かれたら、どう答えるでしょうか?

○○、ここに自分の名前を入れてみて下さい。

私でしたら、「あさださんは何者ですか」

皆さん、自分の名前を入れて、「○○さんは何者ですか」と聞かれたら、どう答えるでしょうか?

「私は○○会社の社員です」

「私は○○学校の学生です」

このように答える方が多いかもしれません。

「アイデンティティー・クライシス」とは、この答えでは満足できない人が以前よりも増えてきていることを訴えている言葉です。

「私は○○会社の社員です」と答えて満足できる人は、その会社を愛し、会社の為に頑張ることが、自分のやりたいことでもあり、自分の生き甲斐になっている人です。

最近は、社会環境が変わってきました。

会社の為に頑張っていれば、年功序列で給与が上がり、安心して生活ができて、生き甲斐ももてる、そういう時代ではなくなってきました。

「アイデンティティー・クライシス」が特に若い人にみられると言われるのは、その為です。

今はこの会社に勤めているが、いつまでもこの会社に勤めるか、わからない。

会社がつぶれるかもしれないし、転職するかもしれない。

そういう漠然とした思いをもっています。

それで「私は○○会社の社員です」と答えても、ずっとこの会社の社員かどうか、わからないという思いが心の底にありますので、満足できなくなっています。本当の自分とは何かに、ちゃんと答えてはいないのです。

学生もそうです。

小学校は6年間、中学校は3年間、高校は3年間、大学は4年間の人が多いです。

しばらくは、○○学校の学生ですが、やがては卒業します。いつまでも、その学校の学生ではないのです。

本当の自分ではありません。

 

「アイデンティティー・クライシス」は若い人だけなのか?

では、「アイデンティティー・クライシス」は、若い人だけなのでしょうか。

長い間、働いてきて、退職した人は、もう「○○会社の社員です」とは、答えることもできません。

では、何と答えるのでしょうか。

家族の一員として、「○○の子供です」「○○の夫です」「○○の妻です」と答えて、満足できる人は、家族が生き甲斐になっている人でしょう。

しかし、長い間、一緒に歩んできた大事な人を亡くしますと、もうあの人はいないからなぁと、ふとさびしい思いが心をよぎります。

すると、やはり満足できなくなってしまいます。

「アイデンティティー・クライシス」は決して若い人だけでなく、誰しもがやがてぶつかる問題といえます。

周りの環境は絶えず変わっていきます。

近年は、その変化が一層、激しくなっています。

その環境(自分の外側)に依存して、私とは何かと答えても、いつ変わるか、わかりませんから、心から満足できる答えにはならないのです。

「アイデンティティー・クライシス」に陥らない為には、自分の外側に依存した答えではなく、自分の内側に価値を求めることが大事になります。

自分の内側に価値を求めることを自分探しというならば、自分探しをしてこそ、本当の自分を知り、本当に自分らしい生き方ができるのではないでしょうか。

 

自分の内側の心の声を聞くには

では、どうすれば本当の自分、自分の内側、自分の心の内なる声に耳を傾けることができるでしょうか。

その一つの方法として、仏教を学ぶことをご紹介したいと思います。

仏教と聞くと、死んだら用事のあるもの、亡くなった人のために説かれたものと思う方もあるかもしれませんが、

禅宗で有名な道元(どうげん)禅師の『正法眼蔵(しょうぼうがんぞう』には、

仏道をならうというは自己をならうなり。

平安時代末期に活躍された浄土仏教の源信(げんしん)僧都(そうず)は

よもすがら 仏の道を 求むれば 我こころにぞ たずね入りぬる

と言われています。

仏教を説かれたお釈迦さまは「仏教は法鏡(ほうきょう)なり」と教えられています。

法鏡とは、法とは真実で、真実の自己、本当の自分をうつす鏡ということです。

仏教を学びますと、本当の自分が知らされてきますので、「仏教は法鏡なり」と言われます。

 

まとめ

「アイデンティティー・クライシス」に陥る前に、仏教を通して、自分の内側の心の声に耳を傾けて、本当の自分を知り、残りの人生、本当に自分らしい道を歩んでいってはいかがでしょうか。

 

仏教では、自己を知る大切さをどのように教えられているのでしょうか。

→ お釈迦様物語 汝自身を知れ

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あさだ よしあき

ブログのお手伝いをしています「あさだ よしあき」です。
テニスとスタバで読書をこよなく愛しています。
将棋の羽生さんに、パッと見、似ているかもしれません。

事務を効率的にスムーズにできるようになりたい、もっと時間をうまく使えるようになりたい、続けるのが苦手から変わりたい、もっと効率よく勉強できるようになりたい、うまく任せられる「任せる力」を身につけたい

そんな方の悩みを聞いて、夢を実現するお手伝いをしてきました。この経験を活かして、情報を発信していきたいと思います。
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