なぜ東日本大震災の被災者は救援物資を断った?心温まるエピソードと相田みつをの詩

この記事を書いている3月11日は東日本大震災から11年目です。

通勤途中のラジオで聴こえてきたのは、当時の被災者が思いやりの心で支え合っている姿でした。

東日本大震災での思いやり

ラジオで流れた大まかな内容です。

東日本大震災の発生直後、ニュースでは「物資が足りない」と報道されていました。

それを見た石川県金沢市のある社長が、ボランティアでトラックに救援物資を積んで被災地へ。

ニュースでは「宮城県の石巻で物資が足りない」と報道されていたので、真っ先に石巻に向かいました。

しかし、いざ石巻に到着してみると「ありがとうございます。実は石巻は物資が足りているんです。ここより物資が足りてない場所がもっとあるんです。そこへ向かっていただけますか?」とのこと。

そこで物資が足りないと言われた地域へ向かってみると、そこでもまた同じように「ここは物資が足りています。物資が不足している場所へ向かっていただきたい」と言われたそうです。

3件目の場所に着いても同じことを言われ、4件、5件・・・そうこうしているうちに10件目になりました。

10件目でも「ここは物資が足りていますから〇〇へ」と言われ、ついに11件目の被災地へ。

救援物資が到着するやいなや、被災者が駆け寄ってきて

助かった!助かった!これで生きられる!もし今日なにも救援物資が届かなければ餓死者が出ていました。本当にありがとうございました

と泣きながら喜ばれたそうです。

必要な人へ救援物資を届けられ社長も満足したそうです。

・・・

実は、この話続きがありまして、最初に訪れた石巻で物資が足りていると言われたのは「今日1日の」物資は足りている、という意味だったのです。

その後に向かった被災地もすべて「今日1日の」物資は足りているから「今日の物資に生死がかかっている被災地を助けて欲しい」と救援の申し出を断っていたのです。

もし10件目までに訪れた被災者の誰かが、今日1日の物資しかない事を伝えていたら、ボランティアでやってきた社長は次の地域へ行くのを躊躇したかもしれません。

みんなが心を一つに支え合おうと思いやったからこそ、11件目で本当に必要な人々へ物資を届けることができました

分け合う素晴らしさ

ラジオでは最後に相田みつをさんの詞を紹介していました。

詩「わけ合えば」

うばい合えば足らぬ
わけ合えばあまる
うばい合えばあらそい
わけ合えばやすらぎ

うばい合えばにくしみ
わけ合えばよろこび
うばい合えば不満
わけ合えば感謝

うばい合えば戦争
わけ合えば平和
うばい合えば地獄
わけ合えば極楽

(詩人 相田みつを)

みつをさんの詩を読み、仏教の教えに通じるなぁと感じました。

仏教では「幸せになりたければ、相手を幸せにする利他に心がけなさい」と教えられます。

反対に「自分さえ良ければ周りはどうなっても良いという我利我利(がりがり)では、他人も自分も傷つけ幸せになれませんよ」と教えられます。

 幸せになる行い 

 自利利他・・・他人を幸せにする(利他)ままが、自分の幸せ(自利)となる 

 「わけ合う」→ 余る・安らぐ・喜ぶ・感謝・平和・極楽 

 不幸になる行い 

 我利我利・・・自分さえ良ければ良い(我利)という非情な心 

 「うばい合う」→ 足らぬ・争う・憎しむ・不満・戦争・地獄 

どうしたら自分が得するか、相手から奪えるかばかり考えている人に近づきたい人はいません。

自分のことばかり考えていると、周りから嫌われ、孤独になっていくのです。

反対に、どうやったら相手が喜ぶか、相手に与えられるかばかり考えている人は、周りから大事にされ好かれます。

自分が困ったときには、「恩返しがしたい」と周りの人が助けてくれます。

戦争も他国から奪おうとするから、多くの人が亡くなり悲しみます。

相手に与える利他に心がけて、身近な所から平和な世界を作っていきたいですね。

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九条えみ

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チューリップ企画では、お客様サポートおよびウェブでの情報発信を担当しています。仏教を学んで約10年。仏教の視点からお悩み解消のヒントをご紹介できればと思います。
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