「口は災いの元」 後悔しないよう、親しい人には特に気を付けよう

こうへい

こんにちは。こころの悩みサポーターのこうへいです。

「口は災いの元」と言われますが、ついポロッと出た一言によって、他人を傷つけてしまったという経験のある人は多いのではないでしょうか。
私も時々「何であんなことを言ってしまったのか。言わなければよかった」と悔やむことがあります。

目次

  • 言葉の恐ろしさをまず自覚しよう
  • 親しい人との会話にこそ危険があるもの
  • 特に注意が必要な時とはどんな時なのか
  • まとめ

言葉の恐ろしさをまず自覚しよう

肉体は傷が見えますが、言葉によって付けられた心の傷は目には見えません。
しかし、言葉によって傷つけられた心の傷は肉体の傷よりも私たちを苦しませることがあります。
仏教には語殺という言葉があります。
言葉はそれだけ相手を深く傷つけるものであることをまず自覚することが大切です。

しかも、私たちは欲や怒り、愚痴などの煩悩の塊だと仏教では説かれます。
欲はあれが欲しい、これが欲しい、認められたい、よく思われたいという心です。
欲が妨げられて自分の思い通りにならないと出てくるのが怒りの心です。
カッと頭に血が上ると冷静な判断ができなくなってしまいます。
愚痴はねたみ、そねみ、うらみの心で、相手の才能や美貌、金や財産、名誉や地位をねたみ、そねみ、相手の不幸をよろこぶ心です。

こんな心一杯の私たちが口を開けば、どんな言葉が出てくるでしょうか。
「他人の悪口か自分の自慢話ばかりだ」と言う人もあります。
私たちが不用意に発する言葉の恐ろしさを意識すると「何であんなことを言ってしまったのか」と悔やむことも減ってくると思います。

親しい人との会話にこそ危険があるもの

私たちは初対面の人や目上の人などの気を遣う相手に対しては、何を言い、どんな言葉を使うかを相当意識すると思います。
もちろん、極度の緊張や会話が途切れそうになって焦ってしまい、後から悔やむようなことを言ってしまうことはあります。
また言葉の選び方が不適切だったために思いがけずに相手を不快にしてしまうこともあります。
しかしその場合は失敗を反省し、経験を積んだり勉強をすることで失敗を減らしていくことができます。

ところが親しい相手、気の置けない相手と会話をしているときは、あまり気を遣わずに言葉を発することが多いために失敗を繰り返しがちになります。
先ほども述べたように、私たちが不用意に言葉を発すると、他人をバカにするようなことか自分の自慢話になりがちです。

私はあまり口数の多い方ではありませんが、気の置けない間柄になるとついつい饒舌(じょうぜつ)になってしまうことがあります。
そんなときに「あの言葉はよくなかったな」と後悔することがあります。
親しい相手との会話こそ気を付ける必要があるようです。

以前、ある友人と別の友人の話をしていたときに、ちょうど話題にしていた友人が部屋の前を通って行ったことがありました。
こちらの話が聞こえていたのか、いなかったのかは分かりませんでしたが、こんな話をするべきではなかったなと悔やみました。

最近はLINE通話やウェブ会議システムを使って打ち合わせをすることがあります。
こちらのマイクのスイッチが入っている状態なのに、他人をからかうようなことを言ってしまったことがありました。
他の人たちに聞こえていたのか、いなかったのか分かりませんでしたが、不用意に言った言葉を悔やまずにおれませんでした。

特に注意が必要な時とはどんな時なのか

気の置けない相手と話をするときなど気を緩めたときが一番注意すべきだと言われます。

最後に木登りの名人の言葉から『徒然草』の第109段を紹介します。
私も含めて、古文に馴染みのない人もあると思いますので、意訳で紹介します。

「木登りの名人」といわれる男がいました。
ある日、名人が、人を指図して高い木に登らせ、枝を切らせていました。
高い所で、見るからに危ないと思える時であっても、名人は、何も声をかけません。
ところが、作業が終わって、高い木から下りてきて、もうすぐ地上というくらいになって初めて、
「間違いをするな。気をつけよ」 と声をかけたのです。
そばで見ていた私が不審に思って、
「これくらいの高さになれば、跳び下りることもできる。なぜ、今になって、そんなことを言うのか」
と尋ねると、名人はこう答えました。
「そのことでございます。高い所にいて目が回り、枝が折れそうで危ない時は、自分自身が恐れて、気を張っていますから、あえて注意しなくてもいいのです。間違いというものは、易しい所になってから、必ず起きるものでございます」
身分の低い人の言葉ですが、古からの賢人の戒めと、全く一致しています。

(木村耕一著『こころ彩る徒然草』)

まとめ

語殺という言葉があるように、言葉によって他人を深く傷つけることがあります。
私たちは欲や怒り、愚痴などの煩悩の塊だと仏教で説かれていますが、他人を傷つける言葉を言ってしまいがちです。
そのことを自覚することが大切です。

特に親しい人との会話は気が緩みがちですので、より一層注意することが大事です。

言葉は相手を深く傷つけるものですが、わずか一言によって人に大きな幸せを与えることもできます。
他人に幸せを与える言葉が言える人になるには、どうすればよいのでしょうか。
こちらの記事で紹介しています。ぜひご覧ください。
職場の人間関係がギスギスするのはなぜ?|ギスギスした職場が改善する「言辞施」

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こうへい

チューリップ企画で動画制作を担当しています。
大学生のときに同じことの繰り返しの毎日にどんな意味があるのかと悩みました。しかも友人に相談しても分かってくれる人がなかったことが大きな苦しみでした。
その時に読んだ仏典の言葉に励まされました。その後、講演会の運営の手伝いをする機会があり、さまざまな悩みを持って参加した多くの人たちの声を聞かせてもらいました。私も学びながら、皆さんの悩みに寄り添っていける情報を発信していけたらと思っています。
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