「何だ、あの人、腹が立つ」でも本当に腹を立てている場合ですか

こうへい


こんにちは。こころの悩みサポーターのこうへいです。

「期限が過ぎているのに、報告がない」
「送られてきたものを見ると、必要なことが書かれてない」

こんな声をチラホラ耳にします。
そうなると腹が立ってイライラしてしまいますよね。

このようにどうしても腹が立って仕方がないという時は誰だってあると思います。

そんな時には相手も忙しいのだからと相手の立場に立って、心を落ち着けようとするのですが、「自分の立場だって理解してほしい」という思いが出てきて、怒りが収まらないということもあるようです。

そんな時にはどう心を落ち着け、前に向かって進んでゆけばよいのでしょうか。
こんな風に考えてみてはいかがでしょうか。

巨大な怪獣が迫っているとしたら

巨大な怪物が物凄い力で街を破壊しながら、迫ってきています。
怪物は、ゴジラでも、バルタン星人でも、妖怪獣(ようかいじゅう)でもいいですが、こちらに迫ってきているとします。

そんな時はどうしますか。
「何で報告がないんだ」と怒っておれるでしょうか。
普通は腹を立てている場合ではないと思います。
この怪物をどうするのか、早く何とかしなければという所に力が入るはずです。

実は怪獣が迫っているのが私たちの実相

「そんな怪物だなんて架空の話でしょ」と皆さん思われると思います。

ところが、実は私たちのすぐそばまで迫っている恐ろしい怪物がいるのです。
お釈迦さまはその怪物を虎に例えられ、無常の虎と説いておられます。

無常とは“私が死ぬ”ことを言われています。
死という虎が私たち一人一人に迫っているのだとお釈迦さまは教えておられます。
人間の力ではどう抗っても逃げ切ることはできませんから、虎に例えられています。

ガンと10年闘って世を去った、東大教授の岸本英夫さんは自分に迫りくる死を怪物と言われています。

死は、来るべからざる時でも、やってくる。
来るべからざる場所にも、平気でやってくる。
ちょうど、きれいにそうじをした座敷に、土足のままで、ズカズカと乗り込んでくる無法者のようなものである。
それでは、あまりムチャである。
しばらく待てといっても、決して待とうとはしない。
人間の力では、どう止めることも、動かすこともできない怪物である。
(岸本英夫『死を見つめる心』)

岸本英夫さんが言われているように、死は私たちの都合などお構いなしにやってきます。
それは明日かもしれませんし、今日かもしれません。
今はどんなに元気であっても、次の瞬間にどんな事故や事件、災害に遭って人生の終幕を迎えねばならないかは分かりません。

私たち一人一人が、次の瞬間に怪物に襲われるかもしれない、緊迫した状況にあるのです。

そんな私たちがなぜ生きるのか。
限られた人生で何をなすべきなのか。
それは心から満足できる裏切らない幸せになるためではないでしょうか。
「こんちくしょう」とか「何なんだあいつは」と言うためでないことは明らかだと思います。

私たちに残された時間は限られている

私が以前に腹立ちが収まらず、相手に対して掴みかかろうかとしていた時に、近くにいた先輩からこんな話を聞かせてもらったことがあります。

鎌倉時代に無窓疎石(むそうそせき)という僧侶がいました。

その無窓疎石(むそうそせき)が数人の弟子を連れて、渡し船に乗っていました。
すると同じ船に乗っていた若い武士が周りの迷惑を考えずに大騒ぎをしていました。

相手が武士なので周りの人たちは何も言えずに困っています。
それを見た無窓疎石(むそうそせき)は若い武士の近づいていって、注意をしました。

するとその武士は腹を立てて「オレに意見をするとは、この坊主が」と言って、持っていた鉄製の扇で無窓疎石(むそうそせき)の額を激しく打ちました。

額から血を流す師匠の姿を見た、無窓疎石(むそうそせき)の弟子たちは激怒します。
この弟子たちも元は武士でした。

若い武士に掴みかかり、暴行を加えようとしたときに、無窓疎石(むそうそせき)は弟子たちを大喝しました。

そしてこんな歌を詠んで諭したと言われています。

「打つ人も 打たれる人も 諸共に ただひと時の 夢の戯れ」

打った、打たれたと言って争っていても、どちらの人も瞬く間に人生は終わってしまう。
死んでいくときには、争っていたことなど、何の意味もないことだ。
そんな夢のような儚いことに、時間を使い、命を無駄遣いして何になるのか。
あっという間に過ぎてしまう人生、他にやることがあるのではないか。

無窓疎石(むそうそせき)の言葉に打たれた若い武士は自らの過ちを知らされ、深く前非を詫びたと伝えられています。

まとめ

誰にだって腹が立つことがあります。怒鳴ってしまったり、思わず手が出てしまうことだってあるかもしれません。

私たちの目には見えませんが、死という強大な怪物が私たち一人一人に迫っているのです。

こんな差し迫った状況の私たちがなぜ生きるのか、今なすべきことは何なのか、自分の姿をよくよく見つめることが大切だと言われます。
それが変わらない幸せになる第一歩でもあります。

腹が立ったときは、怪獣映画やアニメでも見て、人生を見つめてみてもよいかもしれません。
そんな余裕があればの話ですが。

いつまでも今のまま、元気でおれると思いがちです。
しかし私たちの命の実態はどうでしょうか。考えさせられる記事を紹介します。
余命宣告されたのは末期のがん患者だけではない

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こうへい

チューリップ企画で動画制作を担当しています。
大学生のときに同じことの繰り返しの毎日にどんな意味があるのかと悩みました。しかも友人に相談しても分かってくれる人がなかったことが大きな苦しみでした。
その時に読んだ仏典の言葉に励まされました。その後、講演会の運営の手伝いをする機会があり、さまざまな悩みを持って参加した多くの人たちの声を聞かせてもらいました。私も学びながら、皆さんの悩みに寄り添っていける情報を発信していけたらと思っています。
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