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わかってもらえない苦しみをどう受け止めればいい?|お釈迦さまの説かれた人生の孤独

わか


いつもお読みいただき、ありがとうございます。
お悩み解消研究家のわかです。

誰にでも、何か悩みを抱える時、苦しくてどうしようもない時があります。
そういうときによく受けるアドバイスは、「誰かに話したらいいよ」ということです。

確かに、話せばスッキリすることもあります。
しかし一方で、「誰かに話してもわかってもらえない」と言う人もあります。

「わかってもらえない」という苦しさを抱えている人は多いのではないでしょうか。
今回は、わかってもらえない苦しみの受け止め方を考えてみたいと思います。

苦しみは話せば解消する?

ストレスを感じたら話して解消する。
そのような人は多いかもしれません。
特に女性は、よく集まって井戸端会議や女子会を開いたりしていますね。

女性は共感を求めるものだと言われます。
誰かに話して共感されればされるだけ、ストレスはどんどん軽減されていくのでしょう。

しかし、中には自分の悩みや苦しみを話すのをためらう人もいます。
それは一体なぜなのでしょうか。

「わかってもらえない」という苦しみ

以前、ある病気を抱えている女性のお話をお聞きしたことがあります。
その方は何度も「この病気にかかった人でなければ、この苦しみはわかりません」と言われていました。
話してもどうせわかってもらえないからと、カウンセラーにも話さなかったのだそうです。

自分の悩みや苦しみを話して共感してもらえれば、心もスッキリするかもしれません。
ところが、本当に共感してもらえることは実はほんの一部分で、わかってもらえないことの方が多いのではないでしょうか。

勇気を出して打ち明けたことなのに、周りにわかってもらえないと、余計に苦しさ寂しさがつのります。
わかってもらえないことで苦しむくらいなら最初から話さない方がまし。
そのように考えるのも無理はありません。

お釈迦さまの説かれた人生の孤独

お釈迦さまは「独生独死 独去独来(どくしょうどくし どっこどくらい)」と説かれています。
独りで生まれ、独りで死んでいく。来たときも独りなら去る時もまた独り。
人生の孤独を言われたお言葉です。

家族や友人、同僚、恋人。私たちの周りにはたくさんの人がいます。
だから孤独ではないと言う人もいるでしょう。
しかし、お釈迦さまが説かれている孤独とは、心の孤独のことなのです。

同じ空間にいても、お互いが考えていることは見えない。
苦しみを訴えても、本当の意味ではわかってもらえない。
心は一人一人別の場所にいるから、人生は寂しいのだよと教えられています。

わかってもらえないと感じた時は

私たちは多くの場合、話せばわかってもらえると思っています。
ところが、実際には話してもわかってもらえないので、そのことで辛い思いをするのです。

相手も私のことをわかってくれないけれど、私も相手のことをわかってあげられない。
何かの苦しみを抱えていても、お互いがお互いの苦しみをわかってもらえないまま生きているのが私たちです。

相手がわかるのは、私のほんの一部分。
そのことを念頭に置いておくと、わかってもらえないのも当たり前なのだと視点が変わるのではないでしょうか。
それだけでも、だいぶ心は楽になるように思います。

まとめ

私たちはお互いに、どれだけ話してもわかってもらえない苦しみを抱えています。
お釈迦さまは、私たちの心は一人一人孤独であることを教えられました。

話せばわかってもらえるという前提に立つと、わかってもらえないことに苦しみます。
しかし、わかってもらえないのが当たり前と受け止めると、心も少し落ち着いてくるのではないでしょうか。

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わか

わか

チューリップ企画コールセンターのわかと申します。 静岡の温暖な気候の中で育ったせいか、のんびりと構えていることが多く、周囲からはよく「いつも安定しているね」と言われます。 日常の様々な出来事を物語化することが好きです。学生時代、家ではほとんどの時間を机の前で過ごし、ノートに散文を書きためる日々を過ごしていました。そんな小さい頃からの癖で、日常の出来事を無意識に観察していることがあり、見ているうちに周囲の人間関係も客観的に把握することができるようになりました。 今まで見てきた人間関係、自分自身の悩んだ経験や、日々の電話応対の中でのお客様の声などを通して、皆様の悩みに寄り添える記事を書いていきたいと思います!
心が穏やかになった人へ
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