今の悲しみや苦しみはずっと続くわけじゃない―悲しみを和らげる「諸行無常」とは

こんにちは。こころ寄り添う研究家の九条えみです。

先日、60代の女性からこんなお話しを聞きました。

「夫婦でうどん屋をしていて、隣にいるのが当たり前だった主人が、この春、急に脳梗塞になり入院しました。コロナのために面会もできず、今どうなっているか分かりません。意識はあって、リハビリのために転院するという話が出ていますが、まだまだお金がかかります。まったく先が見えずに悩んでいます。頑張ろうという気持ちと、どうしようという気持ちと毎日ぐるぐるしています

当たり前の日常が一変し、先の見えない不安でどうしたら良いかと途方に暮れておられるご様子でした。

私自身も「平穏な生活」が、こんなにも簡単に脅かされるのかと感じていた所でしたが、「諸行無常」の言葉の意味を以前から知っていたおかげで、別の捉え方をすることができました。

「諸行無常」とは

諸行無常と言えば『平家物語』を思い浮かべます。

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
娑羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす
―平家物語

諸行無常とは、「諸行」とはすべてもの、「無常」とは常がなく続かないということで、すべてのものは続かないという意味です

この諸行無常は仏教の根本的な教えです。

形有るもの無いもの、全てが無常

「全て」の中には、形が有るもの、そして無いものも入ります。

形が有るものの無常は分かりやすいですね。

たとえば、車や電化製品が故障するのも無常です。

美しく咲いていた桜が散ったり、天候が変わるのも無常です。

病気も正常に働いていた臓器が衰え、以前のような働きが続けられなくなったということでしょう。

つぎに、形が無い無常は、「時間」でしょう。

時間は常に進み続けています。楽しいからといって同じ時間にとどまることはできません。

また「他人との関係性」も無常です。

お互いが好き同士の間は恋人なのであり、気持ちが変化して別れることもあります。

友人といっても、毎日顔を合わせていた学生時代の関係性と、卒業してからの関係性は変化するでしょう。

こうやって考えてみると、自分の身体も、身の回りのモノも、周囲との関係性も、日々生きているままが無常なのだとしみじみと思われます。

嬉しいことも悲しいことも諸行無常

そして「感情」も無常なのです。

楽しいこと、嬉しいことも無常で、いつかは過ぎ去ったり変化していくものです。

しかし、苦しみや悲しみの感情がずーっと続くことも無いのではないでしょうか。

最初にあげた女性も「夫が倒れた今、自分がしっかりしなければ誰が夫を支えるんだ!と自分を鼓舞しています」とも言われていました。

その女性に「すべてのものは無常ですから、今の状況がずっと続くことはないですよね」と声をかけた所「本当にそうですね!」とハッとされたようでした。

悲しみを和らげる「諸行無常」の教え

諸行無常とは、全てのものは続かないという仏教の基本的な教えです

形有るもの、無いものも全ては変化し続けています。

そして、嬉しい、悲しいという感情もずっと同じ状態が続くことはないでしょう。

諸行無常を知っているか、知らないかで、無常が身の上に起こった時の心がまえが変わってきます

仏教では人間の迷いに4つあると言われており、その1つが「常」です。

実態は諸行無常であるのに対し、私たちは「いつまでもこの状態が続く変わらない」という「常」の考え方で生きています。

だから諸行無常を知らなければ、コロナに平穏を壊されたと自暴自棄になったり、肉親の死別に遭った時には自分も後に続こうか・・・という気持ちになるかもしれません。

諸行無常を知っていれば、これが世の真理だったかと受け止める気持ちにつながるでしょう。

無常のなかでも大きな無常は、命あるものが亡くなってしまうことでしょう。

この大きな悲しみをどう乗り越えていけばいいのでしょうか?

夫を亡くした女性は「諸行無常」を知ることで悲しみが和らいだそうです。→「大事な人を亡くした悲しみを和らげてくれる「諸行無常」の教え」

なかには子供に先立たれてしまったという方もあるかもしれません。そんな方はこちらの記事が参考になるかと思います。→子供を亡くした悲しみを抱える人にお釈迦さまのなされた処方とは

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九条えみ

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チューリップ企画では、『月刊なぜ生きる』お客様サポートおよびウェブでの情報発信を担当しています。仏教を学んで約10年。仏教の視点からお悩み解消のヒントをご紹介できればと思います。
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