『28歳からのリアル』は今からのリアル|『28歳からのリアル』を読んで


心穏やかアドバイザーのヒロカズです。
取引先の方から部下の仕事が正確にできないで困っていることを聞きました。

単純な照合作業なのですが、どうして同じミスを繰り返すのか聞いてみると「合わせることが目的ではなく、上司に叱られないことを目的にしているからではないか」の答えにビックリしました。

ゴールを間違えると望んだ結果が得られないのですね。

書籍『28歳からのリアル』から

今から10年前、入院中に読んだ本に『28歳からのリアル』(人生戦略会議著)という本があります。

この本には28歳から始める事を8つに分けて紹介されています。
当時、31歳だったのですが、健康について書かれた次の一節が強く心に残っています。

健康を考えるということは、「死」と正面から向き合うということでもあります。
28歳にとって死は遠い存在かもしれませんが、人は誰だっていつか死にます。
致死率100%です。
死をゴールにしている人はいないでしょうが、死はゴールとして存在しているのです。
(『28歳からのリアル』)

健康を考えるということは「死」と正面から向き合うことだというフレーズに胸がドキッとしました。

28歳にとって死は遠い存在かもしれないと『28歳からのリアル』にはありましたが、2度目の入院の時に「ここで無理をしたら命の保証はありません」と担当医に言われた私にとって死は遠い存在ではなく、身近な問題になっていたのです。

死ぬんじゃないかと思うと不安になってきます。
死にたくないとどれだけ願っても必ず死んでいきます。

『28歳からのリアル』には

「致死率100%です。死をゴールにしている人はいないでしょうが、死はゴールとして存在しているのです。」

とあります。

100%ゴールとして存在している問題に正面から向き合う勇気は病気の人も健康な人も関係なく、必要なことなのです。

四門出遊(しもんしゅつゆう)のお話

お釈迦様の出家の動機を描いたお話に四門出遊という話があります。

お釈迦様はもともとシッダルタ太子と言われ、王様の世継でした。
太子として何不自由ない生活を送っておられたのです。

そんなシッダルタ太子が、ある時、城の東の門を出られた時、歯は抜け、腰は曲がり、杖に頼って歩く哀れな老人の姿を見られました。
そして、人間誰しもやがて必ずあの姿になり、老苦にあわねばならないのだと知られました。

また、ある日、南の門を出た時、身体はやせ細り、歩くこともままならず、食事やトイレも人の助けを借り、一日中、うめき苦しむ病人を見て、人間誰しもやがて必ずあの姿になると知られました。

西の門を出て葬式の行列を見て、いよいよ人生の無常を痛感なされましたが、最後に北の門を出られた時に出家した人を見て、人生の理想は欲の生活以外にあることを発見せられました。

これが有名な四門出遊というお話です。

避けることのできない老病死に直面した時に一人一人に問われるのが生きて何をするかという問題なのでしょう。

28歳で健康を考える時に向き合うだけではない問題がそこに突きつけられるのです。

人生のゴールを見つめた時

冒頭に記載した、正確に仕事ができない人の話ではありませんが、人生のゴールがどこにあるのかを間違えても望んだ結果が得られないのではないでしょうか?

人生のゴールにある100%存在する死を見つめないとリアルな人生が始まらないのかもしれません。
『28歳からのリアル』の一節は今の日常をリアルにする気付きを今も与えてくれています。

(関連)「命」とは私に与えられた「時間」 それをブッダはたとえ話で教えている

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ヒロ☆カズ

チューリップ企画のヒロ☆カズです。 31歳で肝臓の病気にかかり、2度の入院を経験しました。朝起きて仕事に行く。休日は友人と出かけるという当たり前の日常を失い、初めて、朝起きて仕事に行けることが当たり前でないことに気が付きました。 当たり前の1日がかけがえのない1日であることに気づけば、悩みが感謝の心へ変わるのかもしれません。闘病中に読んだ本や勇気をもらったさまざまな言葉からヒントを紹介したいと思います。
心が穏やかになった人へ
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