生きづらい世の中だと感じるのはなぜ?どんな生き方をしても悩みが尽きない理由

いつもお読みいただき、ありがとうございます。
お悩み解消研究家のわかです。
現代では、「生きづらい世の中」という言葉をよく耳にします。
物価の高騰、環境問題、SNSの普及、国家間での戦争などの社会的な事象に依るところも大きいでしょうが、生きづらさを感じる要因はそれだけではないようです。
なぜ、私たちは生きづらさを感じているのでしょうか。
今回は、生きづらさの正体について考えてみたいと思います。
生きやすいのはどんな世の中?
今の世の中が生きづらいとしたら、生きやすい世の中とはどんな世の中なのでしょうか。
それは、自分の理想通りの世の中でしょう。
子育てをしている人にとっては、子どもに寛容な世の中は生きやすいかもしれません。
シニア層であれば、お年寄りに優しい世の中だと嬉しいのではないでしょうか。
病気や障害を抱えている人は、バリアフリーで理解のある世の中であればどんなにいいだろうと思っているでしょう。
人それぞれ、「こうであったらいいのに」という理想を持っているものです。
その理想がすべて実現したら、きっと皆にとっての「生きやすい世の中」になるのでしょう。
では、私たちの理想をすべて叶える社会は実現できるのでしょうか。
現実的に考えて、それは難しいでしょう。
誰かの願いが叶うということは、同時にほかの誰かの願いが叶わないことでもあるからです。
極端な話でいえば、女性に寛容な社会は男性に不寛容な社会になります。
若者本位の社会はシニア層にとっては生きづらい社会です。
子どものいる世帯を優先すれば、子どものいない世帯は不満に思います。
誰かにとって生きやすい世の中は、誰かにとっては生きづらい世の中になってしまうということです。
私たちの世界は「堪忍土」といわれる
仏教では、この世のことを「娑婆(しゃば)」と言われます。
これはサンスクリット語に漢字をあてたもので、別の言葉だと「堪忍土(かんにんど)」と表されます。
堪え忍ばなければ生きていけない世界、ということです。
先ほども書いた通り、「あちらを立てれば、こちらが立たず。こちらを立てれば、あちらが立たず」で、すべてが思い通りになることはありません。
あちらを立てるためにこちらが堪えることもありますし、逆に、こちらを立てるためにあちらに堪えてもらわなければならないこともあります。
すべての人は常に堪忍し合いながら生きています。
だからこそ、世の中を生きづらく感じてしまうのです。
「優等生」でも「美人」でも生きづらい
また、私たちは、「自分が〇〇だったらいいのに」と思うことがあります。
「自分は不器用だからこんなに生きづらいのだ。もう少し器用になれば少しは生きやすくなるのに」というように思うのです。
自分が変わったら、少しは生きやすくなるのではないかと考えるのですね。
確かに、各個人の特性によって生きづらさを感じることはよくあります。
生きづらさを抱えている人の悩みを見ていると、「正義感が強い」「能力が低い」「真面目すぎる」「要領が悪い」などの文言が出てきます。
また、ほかに「優等生」や「美人」、「優しい」ということで生きづらさを感じている人も多くあるようです。
一般的に、これらは人から羨まれる特性だと思いますが、当の本人は生きづらいと感じているのです。
有っても無くても悩みは尽きない
お釈迦さまは「有無同然(うむどうぜん)」と説かれました。
これは、有っても無くても悩んでいることには変わりがないということを表した言葉です。
例えば、不器用な人は器用さが「無い」ことで悩んでいます。
自分の意見をうまく人に伝えられなかったり、同時に複数のことに取り組むのが苦手だったりして苦労しているからこそ、「器用であれば…」と思います。
では逆に器用さが「有る」人はどうでしょうか。
器用な人は器用な人で、周囲からの期待が大きかったり、頼られ過ぎてしまったりして、やはり悩んでいるのです。
不器用な人は器用になれたらと思っていますが、いざ器用になったら、それはそれで悩むのではないでしょうか。
「〇〇があれば」「〇〇がなければ」と願っていても、実際にその立場になると別の悩みに直面するのです。
生きづらさがなくならない原因
前述のとおり、私たちが生きづらいと感じる要因はさまざまです。
一つの悩みが解消しても、また別の悩みが出てきて、常に生きづらさを抱えているのではないでしょうか。
悩み苦しみを1本の木にたとえると、私たちが日々「〇〇があれば」「〇〇がなければ」と悩んでいることは、枝葉にあたるといわれます。
悩み苦しみの枝葉を頑張って切り落としても、また別の所から枝葉は生えてくるでしょう。だから、どんな世の中になっても生きづらさがなくならないのです。
枝葉が生えてこないようにするためには、木自体を根元から切り倒すしかありません。
この悩み苦しみを根本的に解決し、私たちが幸せになる道を教えられたのが、仏教を説かれたお釈迦さまなのです。
まとめ:悩みの絶えない人生を生きる意味とは
現代で、世の中や人生に生きづらさを感じている人は少なくありません。
私たちは、「世の中がもっと変われば」「自分がもっと〇〇だったら」もっと生きやすくなるのにと思っています。
もちろん、生きやすい世の中にしていく試行錯誤も、自分自身がよりよく変わっていく努力も大切です。
ただ、それらの問題が解決しても、苦しみ悩みの枝葉はまた別の所から生えてきます。
こんな悩みの絶えない人生を生きる時、
「生きづらい世の中で一生懸命生きていくのは何のため?」
「こんな悩みばかりの一生を送る意味とは?」
そのような考えが浮かんできても無理はありません。
お釈迦さまは、苦しみの根元を断ち切れば、すべての人が本当の幸せになれるのだと教えられています。
私たちは、幸せになるために、生きづらさを乗り越えて生きていくのです。
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