マウントをとる人の言葉を受け流すには?「他人より優位であること」は重要なのか

いつもお読みいただき、ありがとうございます。
お悩み解消研究家のわかです。
友人が以前勤めていた職場に、学歴のことでマウントをとってくる人がいたそうです。
「〇〇のくせに」という言い方をされて、腹が立ったり嫌な気持ちになったりしたと話していました。
「マウントをとる」というのは近年出てきた言葉ですが、他人より自分が優位であることを誇っている人は、いつの時代でもいるものです。
マウントをとってくる人がいる場合には受け流すのが大事だと言われますが、どうすれば受け流せるようになるのでしょうか。
今回は、マウントをとる人の心理と、受け流すときに知っておきたいことを書いてみたいと思います。
マウントをとってしまう人の心理
「マウントをとる」という言葉を調べてみると、「自分が相手より優位な立場にいることをアピールし、相手を見下す行為」だと説明されていました。
学歴や、家が裕福であるとか、才能があるとか、特別な経験をしたとか、いわゆる自分の「ステータス」の質や量によって、 自分を優位に見せようとするのですね。
マウントをとる人は、なぜ自分を優位に見せようとするのでしょうか。
それは、「他人より勝っている自分」「他人から羨まれる自分」にこそ価値があると考えているからではないかと思います。
しかし、それは裏を返せば、自分の存在そのものに自信がないことの現れでもあります。
「他人よりも劣っている自分には価値がない」と言っているのと同じだからです。
だからこそ、他人より勝っていることにこだわりをもっているのです。
本人としては自分の価値を守ろうと必死なのかもしれません。
ステータスには価値がある?
誰だって、見下されるのも自慢されるのも好きではないはずです。
ですから、マウントをとられても受け流せばいいのですが、どうしても心に引っかかるものがあります。
それは私たちも心のどこかでは、ステータスに価値があると思っているからではないでしょうか。
裕福な家に生まれたい。学力は高いほうがいい。才能はあればあるほどいい。容姿端麗でありたい。いい企業に就職して、高い役職に就くことが大事。
皆がこのように考えているからこそ、社会でもステータスのある人が評価されるのです。
そして、実際にステータスがあることを理由にマウントをとられると、自分が劣っていることを突きつけられたようで、傷つくのではないでしょうか。
ステータスはいわゆる「装飾品」
ステータスというのは、私を飾り付けるための装飾品だといえます。
装飾品は多ければ多いほど豪華に見えますし、質が高ければ高いほど注目されるものです。
ただし、ここで注意したいのは、装飾品は変わることも失うこともあるという点です。
才能があっても、ケガや病気で才能を発揮できなくなることもあります。
容姿端麗を誇っていても、歳を重ねるごとに姿は変わっていくでしょう。
裕福な生活をしていても、そのお金や財産は命を終える時に持っていけるでしょうか。
吉田兼好は『徒然草』に、「人間の営みは、ちょうど春の日に雪だるまを作って、金銀財宝で飾り付けているようなものだ」と書いています。
雪だるまはすぐに溶けてなくなるのに、金銀財宝で飾り付けることに何の意味があるのだろうと問題提起しているのですね。
今は「装飾品」の量や質を誇ることができていても、老いや病などに直面して、いずれ失う時がきますし、そもそも自分の命も有限なのです。
それでもなお、ステータスには価値があると思えるでしょうか。
マウントをとられた時に知っておきたいこと
ステータスがあるというのは、その人の努力の結果でもありますから、素晴らしいことです。
ただ、前述のとおり、ステータスを得た人の前には老いと病と死という壁が立ちふさがります。
誰もこれらの壁を避けることはできません。
今はマウントをとっている人も、いずれ持っているステータスを失う時がきます。
「他人よりも優れている自分」という点を支えにできるのは、一時の間だけなのです。
マウントをとる人もとられる人も、一番知るべきことは「ステータスの価値」ではなく、「自分そのものの価値」ではないでしょうか。
平凡な人生だったとしても、何もかも失ったとしても、自分には価値がある。
それを知っていれば、他人より優位であるかどうかは人生において重要ではないということが分かります。
すべての人には尊い価値がある
装飾品たるステータスには、当然持ち主である「私」がいます。
前述のように、装飾品は失うことも変わることもあるものですが、「私」は存在し続けています。
「私」の価値はステータスの有無にかかわらないものでなければなりません。
お釈迦さまは、私たちの価値を「天上天下 唯我独尊」というお言葉で教えられました。
「唯我独尊」は「自分だけが偉い」という意味で使われていますが、実は違います。
「大宇宙でただ我々人間だけになしうる、たった1つの尊い目的がある」と言われたお言葉です。
たった1つの尊い目的を知り、果たす為に生まれてきたのだから、家柄や容姿や学歴にかかわらず、すべての人の命は、限りなく尊いのだ、と言われているのです。
変わりゆくステータスではとても測れない価値を持っているのが「私」なのです。
まとめ:人生でもっとも大切なこととは
マウントをとられた時、悔しさや悲しさを感じてしまうことはあると思います。
「他人と比べて自分が優位なこと」に価値があると思っている人は多くありますが、それが自分を支え続けてくれるかというと、そうではないでしょう。
あっという間に過ぎ去っていく人生の中で、私たちは必ず老病死に直面しなければなりません。
だからこそ、私たちはステータスの価値よりも、自分そのものの価値に重きをおくことが大切なのです。
自分の価値とは何か。
人間に生まれてきた目的とは何か。
それを教えられたのが仏教ですから、ぜひ仏教を学んで、「私そのものの価値」を知っていただきたく思います。
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わか
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