身近な人が亡くなった|悲しみの果てに何を思う

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こんにちは、龍慈です。

時々ニュースで芸能人が亡くなったのを耳にします。
自分が好きだった芸能人が亡くなったり、身近な人が亡くなると何とも言えない悲しい思いにさいなまれます。

私が大学生の時、中学校のクラスメートが亡くなりました。
同じ班になったこともあって、学校の行事で飯ごう炊さんを一緒にしたり、総合学習で町内へ取材に行ったり、よく話して仲の良い友人でした。
そんな友人の訃報が届いた時、驚き、ショックでした。

まさか、そんなことが・・・

茫然自失でした。
震災で亡くなった家族、突然の病で亡くなった会社の知人、交通事故で亡くなった友人・・・
耳を塞ぎたくなるようなことなのに、現実は突然に容赦なくやってきます

亡くなるなんて考えたくない。しかし必ず死なねばならない

自分と関係の深い人であればあるほど、その人が亡くなったとき、大きなショックに襲われます。
亡くなった人のことを考えていると、悲しくなり、どんどん心が暗くなり、中には精神的に病んでしまう方もあるくらいです。
いつまでも悔やんでいても仕方がないからと、振り切ってできるだけ考えないようにしようとする人もあります。
人が亡くなるということはそれだけ悲しいことであり、できるだけ避けたいと思っています。
しかし人間誰しも必ずいつかは死んでいかねばなりません。
それが自分のこととなる時もいつか必ず訪れてしまうのです。

死を見つめることが生を豊かにする

2005年、アメリカのスタンフォード大学卒業式でのスティーブ・ジョブズ氏のスピーチの中にこんなことが言われています。

私は17の時、こんなような言葉をどこかで読みました。確かこうです。
「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。それは私にとって強烈な印象を与える言葉でした。そしてそれから現在に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。

あの世界で有名なジョブズ氏があれほどまで成功をおさめられたのも、こういった思想があったからだと言う人もあります。
今日が人生最後の日、と死を見つめることが、本当のやるべきことを見出すことに繋がるのでしょう。

また、仏教では、

無常を観ずるは菩提心の一なり

と言われます。

無常とは死のこと
菩提心とは本当の幸福のことで、
本当の幸せになるはじめの一歩は死を見つめることである、ということです。
死を見つめていくことが最も大事なことを知るきっかけとなるのでしょう。

まとめ

忙しい忙しい毎日で生きることで一生懸命ですが、亡くなった人を縁に死を見つめ、後悔のない一日一日にしていきたいと思います。

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龍慈

チューリップ企画のタブレットのアプリ開発を担当しています龍慈(りゅうじ)です。タブレットを使っていただいているお客様とお話していると、喜ばれている方もあれば、こんなことで困っていると言ってこられる方もあります。 私も日々悩むこともありますが、いろいろな人に話を聞いてみると、案外同じことで悩んでいたり、解決方法が見えてきたりすることがよくあります。 お客様の喜びの声が、何よりも私の喜びであり原動力です! システム開発に止まらず、お客様みなさまのお悩みの解決に少しでもお役にたてるよう、情報発信していきます。
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